うつくしく、透明な文を書きたいという切なる欲求。
そして同時に「言葉」「知」というものへの根深い懐疑・・・
知的でありたいという欲と
無垢でありたいという希み
決して両立し得ないふたつの在り方の間で、どちらにも手の届かない空中ブランコ乗りのように・・・
そして同時に「言葉」「知」というものへの根深い懐疑・・・
知的でありたいという欲と
無垢でありたいという希み
決して両立し得ないふたつの在り方の間で、どちらにも手の届かない空中ブランコ乗りのように・・・
わたしは例外であり、相変わらず拒みつづける個なのであった。
しばしば引用される有名なテレンティウスの「わたしは人間である、とすれば人間に係りあることのなにひとつ、わたしにとって無縁ではない」という言葉をここで持出すとすれば、その頃のわたしは、もしかして人間ですらなかったのかもしれない。
ー 矢川澄子『反少女の灰皿』(1981年)より
・・・確定死刑囚と私を決定的に分かつもの、それは人を殺したことがあるかどうかではない。殺人というなら、戦争や飢える他者への想像を放棄したり冷笑したりすることによる未必の故意の殺人でこの国の人々の大半は有罪だ。確定死刑囚と私を画然と区別するもの、それは国家が彼らに断じて自死を許さないのに対し、私は自死の権利を少なくとも揚言することができ、うまくすれば実行することもできる、ということだろう。
ー 辺見庸 『自分自身への審問』より
死ぬことを
持薬を飲むがごとくにも われは思へり
心痛めば (啄木)
亡くなった三島由紀夫さんが、いつぞやわたしたちの目の前でご自分の腕の皮をつまんで見せながら、こんなことをおっしゃっていたことがあった。
「近頃つくづく考えるけれど、人間てこれ、この皮膚の内側におこることは、けして他人にはわからないわけで、このうすっぺらな一枚の皮膚こそ、自他の間を決定的にわかつ曲者なんだよ、」と。
人間てつまりこれだよ。そんなふうないいかただったかもしれない。もう十二、三年もまえで、正確なことばづかいなどはわすれてしまっているけれど。それでもその、夏物の半袖からむきだしになった二の腕の皮を二本の指でひょいとつまんでみせた、その手ぶりだけはいまも鮮やかにこの目に残っている。
ー 矢川澄子『反少女の灰皿』(1981年)より
日の光が そっと小声で
雪にさそいの言葉をかける
苦しみなしに 死んでお行き
雲だってそうしている と
ー ジュール・シュペルヴィエル 「日の光が そっと……」
むなしさの大きなひろがりのなかで
どんな系にも属さない星のように
拒み拒まれる個であろうとするか
避けがたい万有の引力に
汝が肌の痛むときにも?
ー 多田智満子「挽歌」より
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| My room place, ca 1868, Wilhelm Busch. (1832 - 1908) |
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| Sleeping with Bear, Mark Simont. |
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| Andrew Wyeth |