2021年9月23日

ラルフ・マックテル「サムウェア・ダウン・ザ・ロード」



わたしの好きな歌です。イギリスのシンガー・ソングライター、ラルフ・マックテルの
70歳のバースデーコンサートの模様です。

・・・アート、音楽、文芸、こちらでやりかけたブログの続きができればと願っています。

秋のお彼岸。気温、気候が定まりませんが、お身体お大事にお過ごしください。

もう一度言わせてください

So I see You Somewhere Down The Road と・・・

Takeo 












我が道を行く (By Myself Alone )  


 


Recorded at  Aarhus Lydstudie
July 15 & 16, 1964





2020年1月15日

お報せ


現在も、このブログをお読みいただいている方々にお礼を申し上げます。

このブログを閉じた後、ふたつのブログに記事を投稿しましたが、今回、2007年から2017年までの間に「楽天ブログ」にて「a man with a past」というタイトルの下で書かれた日記以降のすべての投稿をひとつのブログにまとめました。

ご存知の方もおられると思いますが『ぼく自身或いは困難な存在 』です。

「a man with a past」の後、執拗な読者を避けるために3つのブログに書いてきたものです。

わたし個人の内面ではずっと連続しているものでも、読み手にすれば、このブログと、『ぼく自身・・・』との間の連続性は薄いと感じられると思いまし、これはここだけで完結したブログであると考えることの方が寧ろ自然と言えるかもしれません・・・

あまりクドクドと書くことも憚られますので、この「Nostalgic Light」に書かれている投稿も、すべて「ぼく自身・・・」に収められているということをお知らせするにとどめます。

このブログ「Nostalgic Light」 に好意を持ってくださった方に改めてお礼をいわせてください。

2020年1月15日

Takeo











2018年4月29日

無題

以前にも書きましたが、ブロガー(Blogspot  / Blogger)は、フリーのブログのなかで、唯一広告が表示されないということで、2007年からNostalgic Lightと同じアカウントで 'Clock without Hands'というアート・ブログを始めました。

現在は 「夢見る月

で書いています。



ここを辞めた理由。

ひとつには、既に「楽天ブログ」の a man with a past と、この数カ月で、書くほどのものは書きつくしてしまったという思い。(それは充実感でも達成感でもありません)
そして、自分の納得のいく文章が書けないという苛立ち、無能さへの悲しみ、
さらに、書いても書いても同じテーマのヴァリアントでしかないのではないかという行き詰まり感・・・

そのようことから、ここを離れようと考えました。つまり書くことは止められないが、読み手を退屈させるのはもう充分だろうと思いました。

以上のことを踏まえた上で、尚、関心をお持ちくださる方は上記ブログにお運びください。

コメントをありがとうございました。



2018年4月27日

ありがとうございました。

これがこのブログでの多分最後の投稿になると思います。

いまわたしは、いろいろな疑問に突き当たっています。

たとえば・・・

「人間」である条件とはなにか?

「なぜ言葉が必要なのか?」(この中には「なぜ読むのか?」「なぜ書くのか?」という問いも含まれます。)

「わたしを「わたし」たらしめているものは何か?」



先日「他人が存在するにもかかわらずわれわれは生きて行けるか?」という
トーマス・マンの言葉について考えていると書きました。

ひとつには、もし人がわたしと似ていたら、わたしの独自性はその分だけ損なわれるのではないか?という懼れ。

そして同時に、わたしが世界中の誰とも似ておらず、気持ちが通じ合うことができないとしたら、それは絶対的な孤絶であり、絶望ではないのか?という思い。



わたしの書いてきたもの、そしてこれからもどこかで書き続けるであろうことは、全てわたしという異形の者が、その全存在を懸けて発し続けた「必死の問いかけ」です。



日本では明日から大型連休が始まります。そしてこのブログは、この国以外の方の閲覧もあったようです。その方たちには、どうかよい週末をお送りくださいと申し上げます。


短い間でしたが、このような奇妙な文章にお付き合いくださった方々にお礼をいわせてください。

ド ウ モ ア リ ガ ト ウ ゴ ザ イ マ シ タ


Great regards

 Takeo









2018年4月24日

生れたわけ

もう30年以上前に切り抜いた新聞の、読者の投稿を時々眺める。

いわき市 佐々木スミ
    (無職 79歳)
四月十五日付「読んで下さい娘の作った詩」を読みました。私は体まで揺れるような感動を受け涙が流れ、周藤勝彦様の親心が痛いほどわかりました。
実は私、脳性マヒの娘の親です。娘は言語障害の上車椅子に頼っており、重度障害者施設にお世話になって、先生方の教えと励まし、入所者たちの友情で元気に過ごしています。一生懸命に話をしますのに通じないので、どんなに悲しい思いをかみしめていることと思います。先生に励まされ、友だちと一緒にいたわり合い、思うことを詩に託して生きがいを感じているようです。
初めて書いた娘の詩を読み、この子がこのようなことを考えていたのかと、うれしく切なく、胸に抱きしめて泣きました。その時から下手なりに、身の回りのことを詩にして、自分の生きがいにしているようです。周藤さん、どうぞ娘さんを褒め、励ましてください。終わりに、わたしの娘の書いた詩を見てやって下さい。
敬老の日に七十を超えた母が面会に来た。
ふつうの年よりなら孫に肩をたたいてもらう日だろうに、
娘の好きなケーキを買ってきた。
そして三十になる娘の口に食べさせる母はどんなにつらいだろうに。
いつまでも苦労をかけてご免ねとつぶやく
母の目には涙がほほに流れた。


この時ご母堂は79歳、もう亡くなられておられるだろう。
娘さんも60代だろうか。

けれども、ただこの一瞬、ただこの一篇の詩のためだけにでも、
娘さんとお母さんは、ともに、生まれてきた幸福を持てたのではないだろうか。


シモーヌ・ヴェイユが、終焉の地ロンドンで、両親に宛てた手紙、

この地でも、春はじつにみごとです。ロンドンには、白い色、ピンクの色の花が咲く果樹がいっぱいあります。
・・・おふたりがご健康でいらっしゃり、お金のご心配もないようでしたら、どうぞ青い空や、日の出や、夕日や、星や、牧場や、花が咲き、葉がのび、赤ん坊が育つのを、心から存分に味わいたのしみつくしてくださったらいいのに、と何よりもねがっております。
一つでも美しいものがあるところにはどこでにでも、このわたしもいっしょにいるのだとお思いになってください。

「偉大な」と呼ばれる哲学者であれ、重度の脳性マヒをもつ者であれ、母にとって、その貴さと愛おしさは寸分の違いもない。彼女たちがいることこそがうつくしいのだ。

より弱い者にこそ美を見出したヴェイユのような高貴な精神が、現代人の心から夙に揮発し去り、一方で一部の者たち=自称知識人たちによって彼女が神格化されていることに居心地の悪さを感じる。
いま必要なのは、ヴェイユという偶像を仰ぎ奉ることではなく、かつて彼女の眼差しに映し出された弱き者、餓えた者、汚れてしまった者たちに、思いを馳せること、せめて心なりとも彼らの存在に寄り添うことではないのだろうか?それはとりもなおさず、この世界に僅かに残された美と(自分自身をも含む)人間性の残照に対する、人として為しうる最低限の表敬ではないのか・・・

老人、幼子、障害者、病者、弱者、また人生の敗北者、落伍者、故郷喪失者など、あらゆる孤独な魂は、その悲しみゆえに美しくはないか?
こぼれる涙よりも、美しいものはあるか?










2018年4月22日

生きる理由

政治的な信条はさておき、たまには、どこか異国の田舎町で、とくに目覚ましい出来事もなく淡々と生きている人の物語でも読んでみたい。

大学で哲学科に入学した頃から、わたしにとって第一義的な問題は、「どのように生きるか」ではなく「なぜ生きるのか?」であった。わたしはなぜ人間であるのか?なぜ今この時代、この国に「このようなわたし」として生を受けたのか?「どのように生きる?」という問題は」それらの問いに、ひとまず解答が与えられてから始まるものであった。

第一に、自ら望んで生まれてきたものはただの一人もいないということ。
第二に、ひとは生まれてくる国も、時代も、親も、容姿も、さまざまな属性も、能力も何一つ自分では選べないということ。
かように、望みもしないのに押し付けられた生である以上、それを放棄する権利は何人にも備わっている(いなければならない)。
わたしを産んだ親も、またその親も、どこまで遡っても、それは全く変わらない。
誰も望んで生まれてきた者はいない。
だとすれば、ほとんどの人間の存在理由は、生を擲つのが容易ではないという理由がもっとも多いはずだと考えられる。生を放棄する際に伴う苦痛さえなければ、世界中の8割以上の人間はとっくに死を、すなわち生まれてこなかった状態を選んでいるに違いない。

けれども、インターネット上で人々の意見を聞く限りでは、「生活が苦しいから」「仕事がきついから」などの理由から、「死にたい」と考えている人がほとんどのように見える。
逆に言えば、経済的に余裕があれば、或いは働かないでも喰っていけるのなら、死ぬ必要はないと考えているようだ。

「衣・食・住に困らなければ死ぬことはない」そこがわたしとの決定的な相違だ。
わたしは自分が生きている基盤、生きられる足場、存在し続ける理由というものを見つけることができない。そしてそれは決して「クウネルトコロニスムトコロ」の問題ではない。
言い方を換えれば、クウネルトコロニスムトコロ、すなわち「ゼニカネ」の問題さえなければ生きていられるという人と、わたしとは、まったく異質の他者であるということになる。

「なぜ?」を口にしたばかりに生涯憎まれて老いた男だった
ー 長田弘「孤独な散歩者の夢想」より(ジャン=ジャック・ルソーに寄せて)

不悉