2018年2月10日

思想のない街 追記(井上章一 京都論)

今日の新聞に、国際日本文化研究所の井上章一氏のインタビューが載っていた。
海外の都市と「古(いにしえ)の都」と言われる京都との比較が興味深かった。

「京都の中心市街は年々、観光地としての人気が高まっています。今の好況をどう感じていますか?」

井上:「なんでこんな現代的な街にくるんやろと思います。例えばイタリアのフィレンツェ市役所は七百年前に建てられた。日本でいえば鎌倉時代の建物を現役で使っている。ルネサンス期より前に建てられた住宅もあちらこちらにありますわ。フィレンツェの人は威張っていて、ローマを見下している。京都にも近い雰囲気がありますよね。
でもぼくはこれだけの歴史を守っているフィレンツェの人には威張る権利があると思います。京都の街中はどうでしょう。どうみてもマンションが立ち並ぶ現代都市ですよ。
京都市は「歴史都市」と自称してフィレンツェと姉妹都市提携をしていますが、申し訳ない気持ちになります。」

「京都市も古い街並みを維持しようと、建築物の高さなどに規制を設けてはいますが」

井上:「欧州の街に比べれば規制でもなんでもないです。二千十六年の地震で多くの建物が倒壊したイタリアのアマトリーチェは、耐震補強しようなんて思わず、前と同じようにレンガ造りの同じ建物を造り直しています。安全性よりも歴史への執着が勝つ。それを見て私はあたまが下がります。
京都の河原町通りを見てください。周囲の空気を読んでいる建物はほとんどありません。パリのオペラ座の周りは全部の建物が同じように統制されているんです。よく日本人は自己主張をせず、欧州の人は我が強いというが建築に関しては真逆。歴史都市京都の方がエゴイズムの塊に映ります。京都は戦中にほとんど空襲被害を受けなかったのにもかかわらず、現代都市の道を選んだわけです」



井上章一も松山巌同様、大学で建築を学んだ。

繰り返し、ヨーロッパのすべてがこのような事情であるとは思えない。少なくとも、フェイスブックで、ヨーロッパの友達がアップするパリやローマの写真を見る限り、東京と見分けがつかない。ウディ―・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』は、You Tubeでオープニングを見たが、セーヌ河畔やノートルダム界隈もさほど魅力的には映らなかった。(1970年代に作られたモノクロ映画『マンハッタン』のオープニングは、ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」をバックに、マンハッタンの様々なシーンが写し出され、見事な美しさを描き出していた)ーー わたしは現在のパリを愛するには、あまりにもドアノーや、ブラッサイ、ウィリー・ロニス、そしてイジスのパリに、1930~50年代の、「モノクロームの欧羅巴」に魅せられている。(或いは「ヌーヴェルバーグのパリ」に?)

わたしの母方の代々の墓は京都市上京区にあるが、母は京都を「西の東京」と呼んでいる。
わたしも20年ほど前に友人と京都に旅行に行ったが、特に清水寺周辺を歩いた時に、全く歴史の町、古都というにおいがなく、肩透かしを食ったような感じを受けた。

「思想のない街」とはなにも東京に限られたことではない。その無思想は北の涯から南の果てまで列島全土を覆い尽くしている。


ー追記ー

井上章一のインタビュー中の「真逆」「周囲の空気を読む」という表現には抵抗を感じながら引き写した。「国際日本文化研究所教授」であるなら、もう少し日本語表現にも濃やかな心遣いをしてもらいたいと思う。
また、アマトリーチェ(イタリア)は安全性よりも歴史への愛着が勝っていると書いているが、では日本はなにより安全を優先させているかと言うとそうではなく、イタリアは2011年の東日本大震災以降、即座に脱原発へと政策を切り替えた。逆に日本は震災を奇貨として再開発の契機としたように思えてならない・・・


Robert Doisneau, La Sonnette, 1934
「ドアベル」(パリ 1934年) ロベール・ドアノー

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