色とりどりの瓦礫の街をひとりで歩いていた
地平線から上だけモノクロームの写真を貼り付けたような灰色の空に突然の雨

青は次第に灰色に
茶色はゆっくりと灰色に
黄色は怖ろしく鳴り響く雷鳴に琥珀色に凍りつく

叩きつけるような雨に打たれる冷たい舗道
自分の体温を、ぬくもりを、持て余したように
ぼくは路を歩く

どのような部屋のなかにいたって
きみは与え、分かち合うことのできない体温に、ぬくもりに困惑するだろう

駆け抜ける大勢の「誰でもない」人たちの中での「わたし」の不在

あのころ、わたしはいつまでも木にもたれかかって飽きなかった
山の冷気は自分のぬくもりをおしえてくれた
自分の手に自分のあたたかい吐息を吐きかけた

唇をなめながら 「雨って美味しい!」そんなことを山でしゃべり合った人もいたっけ...

自分のぬくもりをもてあます瓦礫の街の彷徨

突然の雨














だからわたしはUZUKUMARUのだ・・・


ふたたび松山巌『建築はほほえむ』より

『・・・ところで気持ちのよい、好きな場所を語るときは、
 あなたはその場所を「発見」したという気分になるのに、
 気持ちよくない、嫌いな場所を語るときにはそんな気分にならないのは何故だろうか。
 それは好きな場所こそ、あなたがその場所を「発見」したからだ。
 嫌いな場所は受動的にかかわることしかできないが、好きな、気持ちのいい場所には、
 あなたが仮にそこで昼寝をしたとしても、
 実は能動的にかかわっているからだ。』

 だからわたしはひざを抱えてうずくまるのだ。

◆■◆

 地上にはわれわれの職がない
 地上にはわれわれの生に触れる職がない

 地上にはわれわれの国がない
 地上にはわれわれの生に価する国がない

 地上にはわれわれの国がない
 地上にはわれわれの死に価する国がない

 
  - 田村隆一「立棺」より抜粋 


だからわたしはひざを抱えて慄えながらうずくまるのだ...

 

あまりに少ないまっとうな視点・・・


パリでのテロ事件以来何故か新聞を読まなくなっていたけれど、今日の東京新聞夕刊に久しぶりにまっとうな意見が掲載されていた。沖縄の琉球新報社への寄稿で、菅原文子さんはつぎのように書いている。

琉球新報電子版から引用する

◆◆

≪ フランスの悲しみや怒りを世界に届けるメディアは数多くある。彼らの声は大きく、よく響く。悲しみの場所に花束が集まり、ローソクの灯が連なる。その明るさは遠い日本まで届く。ビールやワインを片手に、存分に語り合う自由も、そこにはある。
 しかし、多くの市民たちを殺害し、自らの若い生命もその場に捨てたイスラームの人たちの声を届けるメディアの声は、あまりにも小さい。だから私たちには、世界の半分しか見えていない。半分は明るく、半分は暗い半月を見るようだ。
 欠けた半月の暗闇に生きる人々の声が伝わらない限り、犯人たちの母や妻、きょうだいや子供たちの悲しみと嘆きが聞こえてこない限り、私たちは明るい半分の月が伝えることのすべてが真実なのかどうか、信じて良いのかを決めることはできない。
 半月の暗闇では、パリでそうであったように、倍返しの空爆で殺された人々に花束が積まれているのか、ローソクが惜しみなく燃えているのか、かつて私たちの国の暗い戦争の時代に、妻や母や子が、夫や息子や父の死を悲しみ嘆くことが許されなかったように、半月の片側では今も許されていないのか、有無を言わせず赤紙一枚で戦地に引き立てられていったように、同じように命じられて死んでゆくのか、それらを知ることなしに、安全な場所から明るい半月の片側にだけ花束を捧げることはできない。
 そこにも富と自由が、ここと同じようにあるなら裁きのつけようもあるが、富も自由も乏しいなら、私たちはそれを痛み、悲しむことしかできない。アジアの辺境の島国から届けるのは爆音ではなく、平和への願いと祈りであり、それを力強いものにするために戦っている者たちが少しでもいるという希望だけだ。
 大国の軍需産業の強欲の前に、世界の理性と叡智(えいち)は声もなく色褪(いろあ)せる。テロに軍事力で臨む時、その爆音の大きさに大義は吹き飛び、憎悪と復讐(ふくしゅう)の灰が地にも心にも積もり続ける。≫

◇◇

どの新聞、どの論説も、かつての9.11のように、「ISへの空爆止む無し」の姿勢を取り続ける中、
久しぶりに辺見庸レベルのクオリティの文章に出会った。

こういう記事を読むと、いわゆる「3大紙」などというものを購読するくらいなら、いくらでもまっとうな地方紙があるとつくづく思う。





「落ち葉」 ー ある引きこもり論

わたしは自分がいわゆる「引きこもり」であるにも関わらず、世の中で同じようにそう呼ばれている、或は実際に「ひきこもって」いる人たちの現実を全く知らない。
彼ら・彼女らは何故引きこもっているのか?外へ出られないのか?出たくないのか?
また「出られる条件」というものがあるのか?

ここにひとつの新聞記事がある。
東京新聞に今月の19日に掲載された『引きこもりやめた息子』という投書である。

以下その記事からの引用

「高校を卒業して十五年間引きこもっていた息子が、仕事を見つけ働き始めた。父親の死をきっかけに、母親のわたしの生活を心配し、自分の年齢を考え、NPOの人たちの助言を得て、自らハローワークへ出向いたのだ。
仕事は清掃業務。わが家から十分で行ける某大学の街路樹の落ち葉をかき集めることだと聞いた。
人間関係が苦手な息子にとって、自然が相手の仕事はよかったとわたしは思った。

          (中略)

学生の往来の中、息子は褪せたグリーンの作業着に軍手をはめ、ざわざわとふり落ちる葉を竹ぼうきで懸命にかき集めていた。そばにはリアカーがあった。集めた落ち葉を積むためだ。
この日は風の強い日で、掃いても掃いても、掻き集めても掻き集めても、風は容赦なく葉をまき散らした。息子は風が少し弱まった時を見計らって、バサバサっと集めた葉を入れると、リアカーを引いて行ってしまった。
息子の背中が今の彼の年齢より、ずっと年取ったように見えて、わたしは胸に突き上げるものを感じた。
しかし、どんな仕事を選んでも、働くということは、また大きくいえば、生きるということはこういうことだ。
今の息子にはそのことを身をもって知ってほしい。リアカーを引いていく息子の後ろ姿に、今の時間を、今日だけを考え頑張ってほしいと願った。その積み重ねこそが、明日につながるのだから・・・」



近くの比較的緑の多い公園の中を歩きながら、今の時期、初老の男性たちが作業服を着て、
やはり公園の道に散り敷かれた色とりどりの秋の落ち葉をせっせと掃き集めているのをいつも奇異の念を持って眺めている。何故落ち葉をかき集める必要があるのか?何故このような色彩の美を、ゴミのように扱うのだろう?

この投書に書かれている息子さんの仕事を貶めるつもりはない。このようなことが「仕事」になるということがおかしいのではないか、と思う。塵一落ちていないような殺風景な道を自転車で走りながら、「無駄な仕事だなぁ」と嘆息を漏らす。
これが竹箒で掃き集められている分にはまだその光景には情緒というものもあるけれど、あの改造バイクのマフラーのような音を出す噴射機のようなもので、およそ秋の落ち葉の風情とは相容れない爆音とともに落ち葉を吹き寄せているのを見るにつけ聞くにつけ、避けようもなく「鈍感!」「愚劣!」「愚鈍!」という言葉がある種の「殺意」に似た感情とともに湧き上がってくる。

投書にある息子さんにはいつまでも竹箒で落ち葉を集めていてほしい。正式な名称を知りたくもないあの忌まわしい機械のノイズを聞くことによって、秋空の下を、秋色の上を歩くことを不可能にされている者が確かにいるのだから。



小津的空間


『・・・それにしても現代は、飽食した人間以上に、必要もない要素をつけ、必要もないほどに巨大化した、飽食建築が多すぎるのではないだろうか。
もう一度、
あなたが好きだな、
気持ちが良いと感じる場所について考えてみよう。
その場所はいろいろな要素が「ある」のではなく、「ない」のではないだろうか。

ものが少ない。
大勢の人がいない。
匂いがしない。
雑音がない。
そして巨大ではない。』



『機械は身振りを・・・ひいては人間そのものを・・・いつか精密かつ粗暴にする働きを持っている。
それは物腰や態度から、ためらい、つつしみ、たしなみ、といった要素を一掃してしまう。機械化によって、人間の挙動は事物の非妥協的で、一種没歴史的な要素に従わせられるのである。
その結果、たとえば、そっとしずかに、しかもぴったりとドアを閉めるというような習慣が忘れられてゆく』

(テオドール・W・アドルノ『ミニマ・モラリア』)

 ー 松山巌 『建築はほほえむ』2004年刊 より

◇◆

「ものが少ない」「大勢の人がいない」とは「空間がある」「広がりがある」「開放感がある」ということ。
「匂いがしない」とは「草木の匂い」が、あるいは「潮の匂い」のすること
「雑音がない」とは、「静寂がある」こと
「巨大ではない」というのは『プリミティヴでインティメットな感覚』(『お茶漬けの味」小津安二郎)があるということではないだろうか。

そうそう、もうひとつ、「明るすぎない」こと。「ほの暗い」ことも忘れてはいけない。


愛着について -久しくとどまりたるためしなし 


『建物にもし、いいものとわるいものがあるとすれば、いいものとは長いあいだ、人々に使われた建物である。なぜならそのような建物は、時代の変化に耐え、激しい風雨にも耐え、なにより多くの人々に愛され、使われてきたからである。だから建てられたときに高い評価を受けても、それが、いい建築とは限らない。長生きも芸のうちという格言は建築にこそあてはまる』

松山巌 -建築は微笑む

・・・残念ながら日本には「いい建築」はほとんどないということになるようだ。
けれども実際には日本人は一つの対象を長く愛するということを、また同じように一途に憎むということを知らない民族ということになるのかも知れない。

「愛着」は「執着」或は「拘泥」と紙一重の位置にある感情である。現在のように「愛着をもつ」ことを許されない時代 ----- 大は建築から小は歯磨きや目薬のパッケージデザインまでがまたたく間に変わってゆく世の中では、「愛着」という言葉のもつ肯定的な意味合いは「執着」「停滞」というネガティヴなイメージにほぼ完全に吸収しつくされてしまったようにもみえる。

そんな時代では、たしかに、拘りなど持たない方がはるかに生き易いのかもしれない。

Obscure


夏の終わりの強い日差しが傾いて
道の上に家々の影を落としてゆく
妹とぼくはチョークをもって
黒い家の影に沿って白墨の線を引いていく

三角屋根の家が道の上で横たわる
ぼくたちは影でできた家の上にいくつもの窓を描き
扉と、家をとりまく柵まで描いた

妹がお気に入りのお隣のねこの画を描いていると
となりの家から現れた猫がぼくらの家に入り込む

すっかり満足して、ぼくたちは影の家のうえに寝転んだ
ぼくは三角屋根のところに、妹は右から三つ目の窓の上に

木漏れ日がぼくらの家に光の滴を落としている
ぼくはすっかりこのひんやりした居心地のいい家が気に入った
明日はこの家に友達を呼ぼう

汗を拭きながら犬を連れてぼくたちの家の中を散歩している

ふとったおばさん

日蔭者でいこう


何年も前から知っていた日本の女性イラストレーターのブログを最近になってまた訪れるようになった。
エフェメラ愛好家と自称するだけあって、日本人のブログには珍しくアートや古い写真などが豊富にポストされていて飽きない。

けれども継続して読んでいると、この人って結構野心家で、「人気」或いは「注目されていること」に敏感な人なんだなぁと感じるようになってきた。
最初の頃の各投稿には、Blogranking のリンクが貼ってあって、自分のブログが「世間」から高い関心を集めていることをアピールしていたし、ある日記では、ブログを書くことは世の中から「強く眼差される」欲求の表れだと思うというようなことを書いていた。

どうも人気に敏感な人って苦手だなぁ。

わたしはこの誰も見る人のいないであろうブログを書く際に「眼差されること」なんて考えたこともない。彼女は更に「ブログを書くことも、大袈裟にいえば世界とつながるための表現のひとつ」だと云う。

もし「世界とつながる」という意味をわたしに当てはめるなら、それは、このブログを通じて、ひとりでもいい、共に世界からの逃走を試みることのできる仲間を探しているといったような意味に使われるだろう。つまり世界に背を向ける手段としてのブログである。
ブログ=表現行為を「銀行」に例えるなら、その中に入って、それなりに安定して、コツコツと蓄財し地位を築き上げていくよりもそこに押し入って、生きるために必要なものをかっさらってさっさとトンズラというスタンスである。
彼女のブログ=表現行為全般が、広く世間に向けて発信されたものであるなら、わたしのそれは世界のどこにいるかわからない、存在すら定かではない「仲間」に向けての「暗号」「信号」である。

いずれにしてもこのイラストレーターのブログは、面白く質も高いので、それだけにわたしにとっては、彼女のある種の「不純さ」が玉に瑕。


 microjournal(イラストレーター 鈴木博美のブログ) 

こんな夢を見た (月の曳航 ・Tsuki no eikou)


ロープの端を三日月にしっかりと結わえ付けて
小さなボートで夜の海をただようわたしは
釣り糸を海に投げこむ

三日月とボートをつないだロープはまっすぐに空へむかって伸びているが、ひょっとすると月は手を伸ばせば触れられるかとも見える
水面で身じろぐ釣り糸は、波の小さな手に引かれてやはりまっすぐに海の中へ伸びている

月に引かれているのだろうか 海に引かれているのだろか

浜辺でわたしの青い犬が月に向かっておーんと吠えると
月は次第に満ちてゆき、つないだロープがはらりと落ちる

青い犬がしきりにほえるので
わたしはロープと釣り糸を引き上げ

四いろの巻貝をつなぎ合わせて作った「艪」を漕いで
子供たちが作ったのでも、潮風がつくったのでもなさそうな白い砂のピラミッドがたち並ぶ浜へ還っていった

夜の空にはサソリと、目隠しをして天秤をささげた娘と
三角形の紙を逆さに2枚貼り合わせたような星たちが浮かんでいた

巻貝たちは波の下でなにを聴いているのかしらん?

I Became Insane




『狂気とは、もうこれ以上進行することのない心痛である』- 辺見庸

1950年、パリのマルシェ。





人々がまだ刻々といろを変える空の下で買い物をしていた時代

黄昏時になると
店の太ったおかみさんが
軒先に互い違いにぶら下げられた白熱球に
暮れ残る地平線から拾い集めた夕焼けの熾を入れて灯し
画家のパレットのようににぎやかに色彩のもりあがる台の上に
ほんのりと暖かい檸檬色を重ねるのだ


Tokyo 1959-1979


ある日本人のブログに聞き慣れない言葉を見つけた。「フェイヴァリット・プレイス」。
単純に「好きな場所・すきなところ」と云った意味なのだろう。
「好きな本」「好きな映画」「好きな音楽」などはフェイスブックの"Like" (別名「いいね!」)のセクションにもあるように、「自己紹介」に「つきもの」のような項目だけれど、「好きな場所」というのはちょっと意外だった。

「好きな本」「好きな映画」「好きな音楽」などを訊かれれば、いくつかはすぐに名前を挙げることができるが、
「好きな場所は?」と訊かれると、多分、答えることが出来ない。沢山あり過ぎて選べないのではない。思い浮かばないのだ。

無理やりに挙げるとしたら、例えば、「詩集100円」と書いたボール紙の横にお手製の(?)詩集を並べて売っている人たちのいる1970年代の新宿西口駅前とか、まるで子供たちのためにそこに置かれているような白い「土管」がいくつもころがってる原っぱとか、足の着いたテレビのある、「たば」こと田林くんちの部屋とか、未舗装の道の上を三輪自動車がゴトゴト揺れながら走っているような光景、真ん中に「仕切り」のないベンチが置いてある大きな公園、「出ないヨー!」と大声を挙げながら硝子をバンバンとたたくと、上からにょきっと頭が出てきて、「叩いたってでやしませんよ!」と、若き日の笠智衆のようなおじさんが球を出してくれるパチンコ屋とか、窓の開く小海線=高原列車や、ストーブに入れるコークス置き場のあるうす曇りの冬の大気につつまれた学校の片隅とか・・・

その「フェイヴァリット・プレイス」という言葉を見つけたブログの書き手の「好きな場所」は、井の頭線の線路沿い、京都の法然院、峰定寺・・・といった場所らしいけれど、知らないし、興味もない。



「傑作絶望シネマ88」という本の中でドリアン助川が「髪結いの亭主」について書いている。

『愛というものが、確たる存在のように感じられる「時」がある。そして同じ「時」によって、それは奪い去られる。マチルドはそのことをよくわかっていた。だからこそ、人間の力ではどうすることもできない「時」の流れに楔を打ちこもうとした。それは「時」が用意した私たちの在り方から逸脱することだ。すなわち、死ぬか、狂うか、この二つをもってでしか「時」とは対峙できない。

マチルドを突然失ったアントワーヌも、残りの一つの方法で「時」から逃れようとする。彼は静かに狂い、美しい妻が消えてしまった理容室で、彼女がいるはずの偽の時間を生きていこうとする。

こうしたことは、映画の中だけにあるのではない。わたしの最寄り駅には、、夕方になると現れる一人の老いた男がいる。彼はブツブツ呟きながらホームを行ったり来たりする。
「おかしいなあ。あの子は四時には帰ってくるっていったんだ。あの子は四時には・・・」
おそらくはもうずっと前にお子さんを亡くされた人なのだろう。この人はそのような別離を引き起こした「時」を信じようとはしなかった。お子さんがいらっしゃった「時」にしがみつき、その中で生きようとした。だから、狂うしかなかったのだ。』



わたしが既に半ば以上狂っていることはわかっている。どうしても「今」という時代を受け入れ、その中で生きてゆくことができない。
そして、だからこそ、当たり前のように「フェイヴァリットプレイス」などを口にできる人たちがわからない。非難ではない。ただ彼らはわたしにとって、絶対的な「他者」であると思うだけだ。

「傑作絶望シネマ88」には、わたしの知らないいくつもの「最近の」(?)映画も紹介されている。
興味をもったのは、ラース・フォン・トリアーの、「メランコリア」。
巨大な隕石の接近ー激突によって、この地球が消滅する物語らしい。
「地球滅亡というこれ以上ないハッピーエンド」。と、この映画の紹介をする中井圭という人は書いている。

『つまり、この映画は、地球が滅亡することそのものを肯定しているのだ。ぼくたちの多くにとっては、地球が滅びること=人類が絶滅することは、とんでもない不幸なのだが、この映画の監督、ラース・フォン・トリアーにとってみれば、それこそが幸せなのだ。この映画の結末がこれ以上ないハッピーエンドである、と公言している彼からすれば、この汚れた世界は一掃されればよいという価値観の表れなのだ。』

「地球滅亡というこれ以上ないハッピーエンド」ほんとうにそうだなぁ、と頷く一方で、人類だけが滅びればいいのに、とも思う。


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「真逆」という耳障りな言葉を連発する中井圭という人の文章は苦手だけれど。


         


語る男、黙す女 -ダイアン・アーバスと鬼海弘雄


ダイアン・アーバスという名前の写真家の撮る写真を好きだという人は、どういう人たちだろうという興味がある。
頭にカーラーを巻き、片手に煙草をもってうつろなまなざしでぼんやりとカメラの方を見ている大柄な男、全身Tattooだらけの巨漢、女装した男性、’Patriotic young man with a flag, N.Y.C’.1967とのみ題された若い男性の目は狂気を帯びているようにも見える。。。極めておおざっぱにいえば、フリークスとも称される人たちの姿を主に被写体として選んだ女性写真家。
正直彼女の写真を観ていて、和やかな気分になるということはない。
けれど、目を逸らしたくないという気持ちが一方にある。
「異形」の者たちを視線、自分の世界からから排除したくないという気持ち。
見た目はどうあれ、わたしも紛れもなくこの世界のひとりのフリークなのだから。

文化の日と云われ、多くの人たちが華やかに、晴れ晴れしく正装して、叙勲され、受勲する。そんな日に、そういう人たちに背を向け、フリークスたちと向かい合う。
なぜ、ダイアンは世の中の人が目を背けるような人たちばかりをフィルムに写し取ったのか。



ダイアン・アーバスのことを考えていたら、ふと写真家鬼海弘雄(キカイヒロオ)のことを思い出した。
ダイアン・アーバスのように、日常の中の「異形」或いは「異界への開口部」を写した写真家ではなく、日常にある日常を写した写真家だと思える。
多くの指摘があるように、彼の写真はそのキャプションと不可分の関係にある。
『世間のひと』という写真集に収められた写真につけられたキャプションは思わずうーんと云わずにはおれないユーモアを漂わせている。
たとえば、
「入歯まで冷たい日だという老人」、「歩幅の小さい女性」、「今では持病で、薬を食べていると話す元ビル清掃員」、「花粉症かもしれないという人」、「銀ヤンマに似た娘」。(笑)
これを読むと写真集のタイトルである『世間の人』という、木で鼻をくくったように「総称」された人たちの個々の生ににわかに血が通い始め、’Pause’を解除されたかのように息づきはじめるようだ。
一方、ダイアンの写真は、何故か顔を真っ黒に塗って、オーバーコートを着た少年の写真は、そのまま、Kid in Black-Face with Friend, N.Y.C. 1957
とあるだけ。そこに鬼海のような詩的キャプションは一切見当たらない。

わたしにとっては鬼海弘雄のキャプションのおもしろさと、ダイアン・アーバスの写真に添えられた、背景を語らない無機的なタイトル(時には無題)も、どちらもそれぞれに興味深い。

ただ、何故か今日は、鬼海弘雄の、無名の市井の人たちに添えられた気儘ないキャプション。。。「遠くから歩いてきたと呟いた青年」「ゆっくりまばたきする男」を読んでクスクス笑ったり、
ダイアンの撮ったフリークスたちと過ごす時間を持ちたかった。ダイアンの写した、おそらく、ダウン症だと思われるふたりの少女の笑顔が好きだ。

ダイアン・アーバスと鬼海弘雄の方法論、写真観は実は随分隔たっているのかもしれない。

ダイアンはこう云っている。

“There's a quality of legend about freaks.
Like a person in a fairy tale who stops you and demands that you answer a riddle. ” 

≪フリークスたちはあたかも妖精たちの物語のように、あなたに立ち止まり、謎を解くことを求めているようだ...≫

マルセル・デュシャンのこんな言葉を思い出した。

「アートとは、決してそれ自身のことではなく、我々がそこに向ける「まなざし」に他ならない」

“Art is not about itself but the attention we bring to it.”



2枚の写真はともにダイアン・アーバスのなかでも好きな写真。
タイトルは、ともに『無題』(Untitled)

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溌剌たる魍魎たち


必ずしも老人の笑顔一般が苦手、というわけではない。
「蟻の街のマリア」こと、北原 怜子(1929-1958)(享年29歳)の写真を撮った現在101歳の笹本恒子の写真をみて、なんともいえない違和感を感じた。満面これ屈託のない笑顔。目を逸らしたくなる。ずっと見続けていられない。

この度めでたく文化功労章を授かることになった黒柳徹子。
百歳を過ぎてなにやらすっかり丸くなって、『一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い』(幻冬舎)、やら「百歳の力」などの著作で本業の前衛書道以上に人気を得ている篠田桃紅。
10年先まで予定を書き込める(!)10年手帳を使っているという、聖路加国際病院理事長・名誉院長の日野原重明。

何故だか理解らないが
なにかが、ひどく、「軽い」...なにかが、ひどく、気恥ずかしい...
不死のヴァンパイア染みている...

生きていること、自分の存在に常に後ろめたさを感じているわたしにとって、一点の翳りも見えず、憂き世の月にかかる雲なしといった笑顔で背筋を伸ばし、生きること・現世への全き肯定に裏打ちされた老齢の姿は、その晴れがましさ故に時に鬱陶しく思えさえするのだ...



イタリアの写真家、マリオ・ジャコメッリの撮った一連のホスピスの老人(主に女性たち)の写真は、表面的な「うつくしさ」とは無縁のようだけれど、目が離せない。なにかが、この皺と染みだらけで蓬髪の女性の芯のところに、とても神聖なものが宿っているように感じられてならない。
病み、衰え、燃え尽きたマッチの軸のようなその腕に似た、か細き一筋の生命となった人たちの写真を見つめ続け、彼女を、しずかに抱きしめたいという気持ちが湧水のように湧き上がってくるのを覚える...


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殺しの作法

以前も書いたことだけれど、人間が生存していくために、他の生命を奪う=殺すということは、どこまでゆるされるのだろう。
「どこまで許されるのだろう?」という問い以前に、他の生命と同等に、地球上の単なる動物の一種類に過ぎない我々もまた、他の動物の肉を食べなければ生きてゆけない。

けれども、わたしの「殺し」に関する許容範囲は「生存のため」という一点にとどまっているようだ。
極寒の地に住む人たちが、「生存のため」に他の動物の毛皮を剥いで身に纏ったり、日常生活に用いる道具類を作って暮らすこともそれに含まれる。



昔から静物画の中に、鳥やウサギの屍が混じっていたりすると、それを自分のブログに投稿することが出来なかった。それらが、隣人や画家の家族が、彼らの生存のためにとってきたものを「ついでに素材にして」描いたものなのか、それとも、純粋に絵画表現の理由で殺したものなのかがわからないからだ。
わたしは「表現のための殺し」を許容することは出来ない。

映画の中で、猫や犬や小鳥、カラスなどが「殺される」シーンがある。あれがどの程度「ホンモノ」なのかそうでないのか見分けがつかない。仮に「ネズミ一匹」であろうと、それが映像表現のために「殺された」のなら、その作品は、その一点で、わたしにとっては単に「残忍な」映画に堕してしまうだろう。
ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの共作、『アンダルシアの犬』で、若い女性の目を剃刀で切り裂くシーンがあるが、あれは実際は「仔牛」の目を使ったというのを読んだことがある。その仔牛は生きていたのか?


表現ーアートと生存のあいだに截然とした境界線があるのではない。”ブレッド&ローゼズ”「パンとバラ」。確かにヒトは一介の動物ではあるけれど、パンのみでは生きてゆけないという厄介な生き物でもある。
それでも「芸術のため」の「殺し」を容認するのは難しい。
芸術のための殺し。。。それを容認するのならば、表現のための殺人も認められなければならないのではないだろうか?
「犬猫ならいいが人殺しは別」といえる根拠はどこにあるのだろう?
「表現のための殺し」それを極限まで推し進めたところに「戦争」があるということは言えないだろうか?



古い写真を見ると、肉屋の店先にブタの頭部が無造作にぶら下げられている写真が結構ある。
これは「肉食動物」でもある人間の行く「肉屋」の店先にあるものなので嫌悪感はない。
けれども、ベジタリアンや、様々な宗教のひとが、わたしのブログをフォローしてくれているので、そういう写真の投稿は控えている。
それでも肉屋の店頭に当たり前に「屠殺」 された、豚や牛、或は鹿やウサギがぶら下げられているというのは健全なことだと思う。
またそれらをカメラに収めることに何の抵抗も感じない。

◆◇◆

先日、ある戦争映画に関する本のコピーを見て思わず吹き出してしまった。
「戦争をやめろ!やめないと皆殺しだ」と書いてあって、笑ってしまった。その通りだと思ったからだ。

中沢啓次さんの漫画の中にこんなシーンがある。
ヤクザの下っ端だった若者が、やっと得た無二の親友、被爆2世として生まれた友が、戦後25年経って白血病で死にかけている。
彼の枕もとで、今はヤクザの世界から足をあらった若者は

「また日本が戦争の怖さを忘れ、戦争を始めようとしたら。。。おれはそいつらを殺してやる。一人残らず殺してやる!」と誓う。

コロサレテシカルベキニンゲンモ、マタ、タシカニ、イル。