Blues Dictionary


ミュージシャンで音楽プロデューサーの渚十吾という人の、『ストロベリー・ディクショナリー』という本が1997年に「リブロポート」から出版された。

副題に「永遠の少年少女たちに捧げるスタイルブック」とある。
内容は「春」「夏」「秋」「冬」4つのパートに別れて、それぞれ「あいうえお」順に一文字につき6つの見出し(語句)を記した辞典だ。
ほとんどが「映画」「音楽」「本」「店」などにまつわる固有名詞で占められている。

例えば「春」の【は】の場所には「ハシシ」とあり、「火にかけた鍋を摑むとアチチ」とか、【き】の「鬼太郎のおやじさん」には「おい鬼太郎、ちょっとこっちにきたろう!」などと、そこここに昼なお寒いおやじギャグもちりばめられたスタイルブックだけど、こういうのを見てると、自分なら、「あ」と言えばどんなことを思いだすだろう、「い」と言えば誰のことを考えるだろう、という好奇心が頭をもたげてくる。

『ストロベリー・ディクショナリー』は今から20年前の本のこととて、随分古くなってしまったトピックもあるけれど、ちょっとこれに倣って「Blues Dictionary」(仮題)を考えてみようと思う。

とりあえず試みに「ア行」から。

一文字につき6つの言葉、う~ん。10以上思い出せる文字もあれば、やっとふたつかみっつといった文字もありそうだ・・・
あまり数にはこだわらずに行こう。

ちなみにBlues DictionaryのBlueとは、このブログを通じての昔からのネット上での友達がわたしをblueさんと呼ぶことから。青さ、青臭さの意味。そしてBlues =憂鬱な気分から。

◇◇ ◇◇

【あ】

○ アイ・アム・ア・ロック I am a Rock 

凍てつくような孤独を歌ったサイモン&ガーファンクルの歌。

I am a rock, I am an island  ぼくは岩、ぼくは島

And a rock feels no pain だって岩は傷つかない
And an island never cries そして島は泣くことはない

" No Man Is An Island..." (John Donne) ではない。
実は、Someone is always an island.

○ アフォリズム Aphorism

「箴言」とも。 一二行の鋭く閃きに溢れる文章。
芥川龍之介の『侏儒の言葉』や、エミール・シオラン、ニーチェの著作など。
皮肉屋が好むスタイル。スパイスの効き具合、ひねくれ加減がポイント。

例)"いつの日か、最早自分自身を軽蔑することもできないような、もっとも軽蔑すべき人間たちの時代がやってくるだろう" -ニーチェ

○ 秋 Autumn 

一番好きな季節。
「秋はわたしの春だ!」と、劇作家のアウグスト・ストリンドベリは言った。

○ 相合傘 Aiai Gasa

「傘、世界で一番小さな二人だけの屋根」と書いたのは誰だったろう?

○ 愛すれど心さびしく The Heart Is a Lonely Hunter

カーソン・マッカラーズ原作の1968年のアメリカ映画。

聾唖の青年シンガーは、下宿の娘に恋心を抱くが、思春期の少女の気持ちと障害を持った彼の心はなかなか通じ合わない。これは健常者同士でも同じことだけれど、シンガーは結局孤独の闇に閉ざされて自ら命を絶つ。

「ひとはあまりにも壊れやすく、わたしは彼らをどのように愛すればいいのかと途方に暮れる」というシモーヌ・ヴェイユの言葉を思い出す。
大好きな映画。

○ 穴 Hole 

靴下に空いた穴、ズボンの膝に空いている穴、手袋の穴。
貧しさを尊ぶわけではないけど、そんな穴には詩情があった。

ルイス・ブニュエル監督の映画『昼顔』で、ヤクザな、それでいて一途にセヴリーヌ(ドヌーヴ)を愛するマルセル(ピエール・クレマンティ)が彼女を掻き抱き、ベッドに倒れ込むシーンで靴下のかかとに穴が開いていた。ただそれだけで彼の愛の深さを感じさせる。


【い】

○ イエロー・ブリック・ロード Yellow Brick Road 

『オズの魔法使い』で、夢をかなえてくれる大魔王のいるエメラルド・シティーへ続く黄色いレンガの舗道。

○ イマジン Imagine 

ジョン・レノンの歌。
1980年頃、高校時代、世界史のノートの最後に歌詞を書き写していた。わかい教師に「これは何だ?」と訊かれ、怒られるのかと思ったら、「最近の歌なんかよりズットいいよな」と言われた。

 井之頭公園 Inogashira Park 

友達がいたころ、時々散歩に行った。道を渡ったところにある付属の動物園で「天竺鼠」を抱くのが好きだった。
いまでも抱けるのかしらん?

 石畳 Carbon Street

石畳の道の上に馬車を曳く馬のひづめの音が響く。それがわたしにとってのロンドン。
パリの道に石を敷き詰めてゆく作業をしている人たちの古い写真を観たことがある。
下着のシャツ一枚で、でもベレー帽を被って。

 引用 Quotation 

自分の言葉よりも自分の言葉である人の言葉。

 イージー・カム・イージー・ゴー Easy Come, Easy Go

「簡単に手に入ったものは簡単に失われる」・・・ほんとうにそうだろうか・・・?

 イエスタデイ・ワンスモア Yesterday Once More 

カーペンターズの歌。「なつかしい日々よもう一度・・・」

 生きる Ikiru 

1952年の黒澤明監督作品

主人公の市役所の市民課課長である志村喬が、自分の作った児童公園のブランコに乗り、雪の降る夜に「ゴンドラの歌」をか細い声で歌う。その夜彼は天国へ召される。

いのち短し 恋せよ乙女
紅き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日という日の ないものを・・・

 色 Color 

「目にみえでうつろうものは 世の中の 人のこころの 色にぞありける」 -小野小町


【う】

○ ウォーカー・エヴァンス Walker Evans 

アメリカの写真家。大恐慌時代のアメリカの人々や街並みを写した。
何枚かのセルフ・ポートレイトがあるが、俳優にしたいくらいの男前。

○ ウィリアム・デ・クーニング Willem de Kooning

アメリカの抽象表現主義の画家。アンディ・ウォーホールが嫌いらしい。
これもまた俳優で成功するくらいのジェントルな二枚目。

○ ウニカ・チュルン Unica Zürn 

ハンス・ベルメールの妻。とてもユニークなペン画を描く。

○ ウチンチ Uchin-Chi 

『あたしンち』という漫画があったけれど、子供の頃、自分の家のことを「うちんち」という子供たちが結構いたように思う。「うちんち」。漢字ではどう書くのだろう?「家ん家」?

○ 自惚れ Unubore 

「自惚れをやめれば他に惚れ手なし」とか。
他に惚れ手が無いときには自分で惚れてやらなきゃ・・・
でも惚れ手が大勢いる人の自惚れはみっともない。


【え】

○ エジソン Thomas Edison

「この蓄音機は雑音がします、けれどもよく聴くとその雑音の底に本当の深い音が聴こえるのです」とエジソンは言ったという。
今はレコードのプチプチというノイズ自体が心地よく聴こえる。

○ 駅 Station

やかましく眩しい。
苦手な場所。

○ 笑顔 Egao

この国では選挙の候補者のポスターを見るとみんな満面の笑みを浮かべている。何がそんなにうれしいのだろう?国を憂うという貌は遂にひとつも見当たらない。

そういう笑顔は嫌いだが、人を笑わせるっていうのは素敵なことだ。

○ 永チャン Yazawa Eikichi

以前渋谷のTsutayaでエスカレーターに乗った時、頭の上、つまり上の階のエスカレーターの底(?)に矢沢永吉の「名言」がいろいろと書き連ねられていて閉口した。
人生について説教を垂れたり勲章を貰ったりするようになっちゃもうおしまいだ。
レニー・ブルースは、「年老いたヒップスターほど惨めなものはない」と言っていたけど、
ロック・スターも同じ。とはいえシオランの言うように「誰もが夭折の幸運に恵まれているわけではない」のだ。

○ エビス・ガーデン・プレイス Yebisu Garden Place 

ここがオープンしたての1990年代に2年ほどアルバイトで通った。
いくつかの意味でわたしにとって忘れられない場所。

いまはもう遠い昔。

○ エスエム SM 

M「叩いてくれ!」

S「いやだ!」


【お】

○ オズの魔法使い The Wizard of Oz

大好きな1939年のミュージカル映画。
脳のないカカシ、ハートのないブリキ男、勇気のないライオンと、家に帰りたいドロシーがオズの大魔王に願いを叶えてもらおうとエメラルド・シティーに向かう。

If I Only Had A Brain/Heart/ Nerve 、「もしも脳みそが(心が、勇気が)あったなら」は、わたしのテーマ・ソング!

 鬼火 Le Feu follet

1963年のルイ・マル監督のフランス映画。

「ぼくには生活力がない」
「でもこころがあるわ」
そう言われたアランは、心臓を打ち抜いて自殺する。

○ 尾崎放哉 Ozaki Housai 

どんな画家も彼の句のような鮮やかな絵を描くことはできない。

 お粥 Okayu

「お粥は、やさしいごはんです」というCMがあった。

○ 親 Parent

「親になることは容易だが、親であることは難しい」とは、山本有三原作の映画『波』の台詞。

 桜桃の味 Taste of Cherry

1997年、アッバス・キアロスタミ監督作品。

剥き出しの赤土ばかりの山道を男が車で走っている。人に出会うと彼は声をかける。
「何処まで行くんだ?送っていくよ」車に乗った人たちとふたことみこと言葉を交わした後に彼はこう切り出す。
「実はキミに頼みがある。明日の朝、わたしはこの山の中腹に掘った穴の中に寝ている。キミはぼくに二度、声をかけてくれ。バディさん。バディさん!もし返事がなければこのスコップで20杯、土をかけてくれ。そうすればきみは大金を手にすることができる。キミの助けが必要なんだ」

人は人を救えるか?人を助けるということは?そんなことを考えさせられる作品。

 お台場 Odaiba

20年ほど前、ゆりかもめが出来て間もないころ、終点の一つ手前の「国際展示場」でアルバイトをしていた。
当時はまだお台場一帯は完成していないビルやホテルがたくさんあった。
休憩時間に、先輩(上司)のマウンテン・バイクを借りてお台場の草原を疾駆していた。
夕焼けがきれいだった。
遠い思い出。

 音喩 Onyu

石畳を闊歩する馬車の音、草原をわたる風の音はとても「音喩」(擬音)で表すことはできない。全てを視覚と記号(文字)で理解し捉える必要はない。音は、もっと深いところに届いている。