幸福について ー答えの出ない問いを抱いて

くまのプーさんの作者である、A.A.ミルンの言葉につまづいています。

その言葉とは、

“How lucky I am to have something that makes saying goodbye so hard.”

「喪うことがこんなにもつらく悲しいものをもつことはなんて幸福なことなんだろう」

うしなうことがそれほど悲しい物(人)を持っているということはそれほど幸福なことなのか?
正直わたしにはわかりません。

わたしは40歳から46歳までの間、生まれて初めて本当の「友達」と呼べる人を持っていました。年上の素敵な女性でした。
けれどもお互いに心に問題を持っている者同士、結局は友情は自然消滅してしまいました。
いや、それは卑怯な言い草で、実際はわたしの鈍感さ故に彼女を深く傷つけていたのでした。

その後のわたしは今に至っても、まったく廃人のようになりました。
彼女と6年間、いろんなところに出かけましたが、今はもう美術館にも公園にも映画にも行きません。多分これからもひとりで何処かに、どうしても必要な「用事」以外の事で。。。つまり昔のように「楽しみのために出かける」ということはもうないでしょう。
もう友達はいないのですから。

それでも「失うことがこんなにもつらいと思える人を持つことは幸運なこと」と、わたしは言えるのかどうか?

上のことばを考えるとき、人は失ってからあじわうのと等量の幸福を、「それ」を持っているときに感じることは出来ないのではないか、などと思ったりします。

◇ ◇ ◇ 

”You can not love anything more than something you miss ”

「誰しもうしなったもの以上に何かを愛することはできない」

アメリカの若手作家、ジョナサン・サフラン・フォアの言葉です。

人はうしなったときにはじめてその価値、それがいかに自分にとってかけがえのないものであったかに気づく、というのは真実・・・少なくともわたしにとってそれは真実だと思います。
もし誰もが「今そのとき」の幸せを心から実感できないとしたら、ひとの幸福は何処に存在するのでしょう。

この二つの言葉を考え合わせるとき、
わたしの「幸福」はどこにあったのかと、決して癒えることのない喪失感と、孤独の闇のただ中で、深く瞼を閉じずにはいられません。
時に、肩より深く頭(こうべ)をたれて。

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